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ラドゥラン・サヒロン

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ラドゥラン・サヒロンは、フィリピンに拠点を置くアブ・サヤフ・グループ(ASG)の上級幹部です。同グループは、1990年代初期、アブドゥラジャク・アブバカル・ジャンジャラニ(Abdurajak Abubakar Janjalani)の指導の下に、さらに大きな組織であるモロ民族解放戦線(MNLF)から分離しました。ジャンジャラニは、1998年12月にフィリピン警察との衝突で殺害されました。彼の弟カダフィ・ジャンジャラニ(Khadaffy Janjalani)が彼に代って同グループの名目上の指導者になりました。2006年9月、カダフィ・ジャンジャラニはフィリピン国軍との銃撃戦で殺害されました。ラドゥラン・サヒロンがASGの新しい指導者になると見られています。

サヒロンの行為の結果として、多くの罪のない男女、子供が死亡し、あるいは重傷を負いました。フィリピンのパラワンの観光リゾート地からマーチン、ガルシア・バーンハム(Martin, Gracia Burnham )を含む3人の米国民と17人のフィリピン人を拉致した2001年5月のドス・パルモス誘拐事件で、サヒロンは役割を果たしました。米国民ギレルモ・ソベロ(Guillermo Sobero)を含む幾人かの人質が殺害されました。

サヒロンは、南ミンダナオに潜伏して、そこで多くの地域社会に影響を及ぼすテロ攻撃計画を画策し続けていると考えられています。米国民とフィリピン国民の死をもたらしたテロ攻撃を行ってきたASG内における彼の指導的な位置のゆえに、米当局はサヒロンを米国とフィリピンの国民と権益に対する脅威と考えています。

サヒロンは1970年代に治安部隊と戦闘していた時に右手を失いました。彼はアラビア語とタウスグ語が流暢です。